睡眠障害(不眠症)

日本人の4人から5人に1人が睡眠に関する悩みを持っており、その中の10人に1人が「不眠症」で悩んでいると言われています。睡眠障害には、不眠症のほか、眠っている間に呼吸が止まる睡眠時無呼吸症候群、眠り過ぎてしまう過眠症やナルコレプシー、睡眠覚醒リズムが通常の生活からずれて支障を来す概日リズム睡眠障害、睡眠中に異常な行動がみられるレム睡眠行動障害などがあります。
睡眠障害になると日中の眠気のため日常生活や社会生活に支障をきたします。日本の睡眠障害による経済的損失は、年間3兆5000億円以上と試算する研究もあります。また、睡眠障害は生活習慣病やうつ病など精神疾患の危険因子となることが知られています。

不眠症

日本睡眠学会による不眠症の定義は次の通りです。
不眠症と診断するためには次の訴えの1つ以上があること。

  1. 入眠障害:夜間中々入眠できず寝つくのに普段より2時間以上かかる
  2. 中途(中間)覚醒:一旦寝ついても夜中に2回以上覚醒する
  3. 熟眠障害:朝起きたときにぐっすり眠った感じが得られない
  4. 早朝覚醒:普段よりも2時間以上早く目が醒めてしまう

この症状のいずれかが、しばしば(週2回以上)みられ、かつ少なくとも1ヵ月間は持続すること。また、そのため自らが苦痛を感じ、社会生活または職業的機能が妨げられることを満たすことが必要とされています。

ここでは、各症状についての具体的な程度が記載されています。また国際的には次のような診断基準があり、より詳細に不眠症により引き起こされる症状が規定されています。
睡眠障害国際分類第二版(ICSD-2)による不眠症の一般的な診断基準

  • 入眠困難、睡眠維持困難(中途覚醒)、早朝覚醒、慢性的に非回復性または睡眠の質の悪さの訴えがある。
    小児では睡眠困難がしばしば養育者から報告され、就寝時のぐずりや1人で眠れないなどのこともある。
  • 上記の睡眠困難は、睡眠にとり適切な状況、環境にあるにもかかわらずしばしば生ずる。
  • 患者は夜間睡眠困難と関連した日中機能障害を以下の少なくとも1つの形で報告する。
  1. 疲労感、不快感
  2. 注意力、集中力、記憶力の低下
  3. 社会的、職業的機能低下、または学業低下がみられる
  4. 気分がすぐれない、イライラする
  5. 日中の眠気
  6. やる気、気力、自発性の減退
  7. 仕事のミスや運転中の事故のおこしやすい
  8. 睡眠不足による緊張、頭痛、胃消化器症状がみられる
  9. 睡眠についての心配、悩みをもつ

2014年に改訂された睡眠障害国際分類第三版では、不眠症は不眠障害と改称され、症状の持続が3か月未満の短期不眠障害と3か月を超えて持続する慢性不眠障害に分けられています。ここでは代表的な短期不眠障害である適応障害性不眠症と慢性不眠障害である精神生理性不眠症をご紹介します。

1.適応障害性不眠症

多くの場合、数日から数週間で不眠は消失する、明確なストレス要因により引き起こされる、一過性の不眠症です。さまざまな変化がストレス要因となり発症しますが、人間関係の変化や不和、職業上の負荷の増加、財産の喪失、近親者との死別、新たな身体疾患の発症、転居による生活環境の変化、夜間の工事による騒音や振動など睡眠環境に関する物理的変化などが代表的です。また恋愛や結婚、楽しいイベントなど陽性感情を伴う変化によっても、不眠が引き起こされます。通常の主訴は不眠ですが、日中の眠気や疲労感を主訴とする場合も見られます。過去に、精神生理性不眠症や適応障害性不眠を経験している場合、不安障害、うつ病の既往があると発症しやすいことが知られています。

2.精神生理性不眠症

何らかのきっかけにより、夜に寝ようとしても寝つけず、それ以来また眠れないのではないかという不安と緊張が著しく強まり、「眠らなくては大変」と焦り過ぎるため、かえって神経が高ぶり、脳が興奮して寝つきが悪くなることが繰り返されます。
実際に筋肉の緊張、血管収縮増加、血圧上昇など身体的な変化がみられます。さらに寝室に入ること、歯磨き、消灯など睡眠に関連する行動に対しても条件づけられた覚醒が形成されます。 寝室では寝つけないが、就寝時のきまりから離れた場面、例えば居間のソファに座ってテレビをみたり、読書したりしているときにはすぐに眠り込んだり、睡眠検査室の中などではかえって良く眠れることがあります。このような条件化された外的要因は主観的には自覚されないため、患者が不眠の理由を理解出来ないことも多くみられます。「夜に良く眠りたい」と患者が強く意識すればするほど、逆にこの意識によって逆に睡眠が妨げられます。患者は自らの睡眠問題だけに囚われて頭が一杯であり、不眠の直接のきっかけとなった外因がなくなっても不眠は徐々に進行し、”自己増殖”します。

精神生理性不眠症の病態は次のように説明されています。

  • 精神交互作用(身体化された緊張と学習された睡眠妨害連想)
    眠れなかったという数日の不眠に対して不安が生じ、眠れないことへの恐怖に発展します(不眠恐怖)。これが過剰な努力を促し、覚醒度が上昇し、不眠の苦痛から寝ようとすると目がさえるという睡眠を妨害する負の学習が形成されます。これらが相互に働き不眠が慢性化して行きます。
  • 過覚醒
    副腎皮質刺激ホルモンとコルチゾールの分泌が亢進し、交感神経が優位に働きます。このため、心拍が強く早くなり、緊張感が持続し、リラックスしづらくなります。また音に過敏でイライラしやすくなることもあります。
  • 入眠潜時の過大評価
    不眠症患者では、入眠期における微小覚醒の頻度が増えた(常に目が覚めていた)と自覚し、入眠できないと強く訴えます。

その他の不眠症としては、うつ病や双極性障害など精神疾患に伴う不眠症、不適切な睡眠衛生、覚せい作用のある薬剤または物質使用に伴う不眠症、慢性的な疼痛やかゆみなど身体疾患に伴う不眠症などがあります。また特殊な形としては実際には睡眠が取れているのに不眠を強く訴える、逆説性不眠症などがあります。

不眠症の治療

身体的または精神的な疾患が背景にあれば、まずその治療を優先します。また不適切な睡眠環境、薬剤の使用が問題であれば、これを是正するよう努めます。逆説性不眠症については、アクチグラフなどで実際の睡眠状態を確認し。自覚症状と実際の睡眠にギャップがあることを患者さんが自覚することで症状の改善が得られます。
適応障害性不眠症では、原因となっているストレス要因から離れること、ストレスへの対処スキルが向上すること、ストレス要因の存在する状況に慣れることなどにより、不眠は 比較的短期間に改善します。不眠が長期化する場合や強い抑うつ状態を合併している場合などには、一時的に睡眠薬や抗うつ薬などの薬物療法を行うことがあります。

精神生理性不眠に対しては、次のように睡眠環境や日常生活の改善といった生活指導、睡眠に関する正しい知識やアドバイスを行い、認知行動療法を検討します。さらに状態に応じて睡眠薬などを使用することがあります。

1.睡眠衛生指導

食事、運動、アルコール摂取、夜更かしなどのライフスタイルから、マットレス、温度、騒音、照度など環境要因も取り上げます。年齢と共に変化する正常な睡眠パターンに検する基本的な知識もカバーします。

2.不眠症に対する認知行動療法

睡眠妨害的学習と過覚醒状態を改善する目的で行われる。刺激制御、睡眠時間制限、リラクゼーション 認知療法、睡眠衛生指導などと組み合わせて行う
当院でも行っています。→不眠症の認知行動療法へ

3.薬物療法

睡眠薬に対して「癖になりそうで怖い」というイメージを抱いている人が多くみられます。睡眠薬には種類があり、薬理学的に依存の形成されない睡眠薬も開発されており、医師の指示に従い適切に使用すれば、安全で効果の高い薬です。特にアルコールなど他の有害な物質への依存がある場合、適切な努力をしているものの不眠が長期にわたり、身体的不調を生じている場合などには、薬物療法を考慮します。使用する際には、依存や耐性が生じにくい薬剤を優先的に選択し、不眠が改善して安定した状態となってから、薬剤の必要性を判断し、医師の指導の下で、段階的な薬剤の減量・中止を試みます。

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